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2013.09.15 Sunday

第二芸術論

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    第二芸術論


    歳を重ねると「落し物」を拾い上げる機会に巡り合えることができますね。


    20年前に知った「第二芸術論」という言葉。何か否定的意味を含んだ言葉だと直感的に解ったのですが、その意味を知ること無しに今まで来ました。


    初めはロシアの「第三インターナショナル」からみの批評かとも思ったけど、倉橋由美子の批評集でその全ぼうを知った次第であります。


    (倉橋由美子の小説「パルタイ」は若かった頃の私には衝撃的な小説だった。カフカを知る前に倉橋を読んだのである。上の批評集は辛口の論調で上梓された時はすでに80歳、2006年に亡くなっている。翻訳の仕事にシェル・シルヴァスタインの「ぼくを探しに」がある。)


    「第二芸術論」はフランス文学者の桑原武夫の1946年の論文で敗戦後すぐの「俳句界」を批評したものでした。家元制度のような狭い世界内でなり立つ芸術を、低級だと小ばかにしたんですね。


    これには俳諧だけでなく和歌の世界の人も激しく反応したようで、私がこの言葉を知ったのも和歌を詠う郷土史家からでした。この方はこの論争から筆を折ってしまわれたようです。


    敗戦によって価値が転覆したときに、古いやり方(芸術もしかり)を否定する運動が起こるのはヨーロッパでも同様で、第一次世界大戦後にダダイズムやシュールレアリズムが出たり、神秘主義思想や社会主義思想が動き出しましたね。)


    桑原の論文に対して俳句界より明快な答えが出なかったこともこの言葉が一人歩きした感があるようですが、たしかにだれでも第二級と言いわれるといい感じはしないですね。それにあえて応じないのも大人の対応だったかも知れません。


    倉橋は、これをさらに展開して小説の世界の「文壇」も同じようなもの、また「私小説」も狭い世界で同様だ、と論じています。さらに第一芸術と第二芸術も入れ乱れての「源氏物語」から「純文学」までの日本文学をメッタ切って痛快に批評し解説してくれました。


    20年後やっと知った「第二芸術論」。しかしながらあまりスッキリとせず「文学としての価値の有る無し」と「芸術性の深みの有る無し」は別に論じた方がいいのではないのと、


    私は思ったのでした。

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