2018.08.03 Friday

在京キー

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    私にも首都圏に住む 身内や親戚も友達もたくさんいます。

    しかし、あえて言いたい。

     

    東京だけが日本じゃないんよ。

     

    今年前半、西日本が大変な被害を受けています。

    地震・水害・台風・・・・そして熱波

    江戸時代ならばこれが飢饉に繋がるような事態でしょう。

     

    『赤坂自民亭』の例だけでなく『報道各社』の番組編成にも

    在京ゆえの当事者意識の希薄を感じます。

     

    東京は、そんなに被害が出ていないのでピンとこないのです。

    せいぜい、熱海での高波にショックを受ける程度。

     

     

    フクシマは、ほどよく東京から離れていました。発電した多くの電気は

    首都圏に送られていたのにね。

     

    首都圏での放射性物質の拡散にも一部の人を除いて、無関心派が大多数を占めているのは、

    官僚やマスコミ関係の人々の危機意識がないからだと思います。

    自分や家族に危機が迫ったとは捉えなかったのでしょう。

     

    東京湾であの事故が起きたら、日本の国策は大きく変わったと思われます。

     

     

    一時期 ウワサされた”遷都”もしくは一部省庁の地方移転も

    地方創生のために是非再考していただきたい。政治に地方の視点は必要です。

     

    それが大ごとで無理なら報道機関代表「NHK」さんよ。

    東京を離れて京都にでも移転してはどうでしょうか?

    企業なら決断してできるはずです。

     

    それこそ「在京キー」として、いい報道ができるようになります。

    政治家とも距離が取れ、独自判断のバランスのよいニュースが流せるようになりますよ。 

     

    お考えください。

     

     

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    2018.07.20 Friday

    IR

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      なんの頭文字かと思ったら、統合型リゾート「Integrated Resort」の略だそうで。

      「カジノ賭博場」というとヤクザっぽいから「IR」なんて言うのかな。

      却って怪しいのに・・・「IS」の友達みたいでしょ。

       

      国が国民の安心・安全を守ってくれるなんて信用するところから見直さなきゃね。

       

      賭博は人の人生を狂わすことは、偉い先生は皆ご承知でしょうから、それを

      災害復興よりも優先する理由がそこにあるのは、見え見えです。

       

      賭博の稼ぎの30パーセントが国に入るって美味しい話です。

      実際は、荒稼ぎしたお金が回りに回って、特定の代議士先生の関連事務所に

      こっそり入ってくる仕組みです。お役所だって手持ちのお金が増えれば

      天下り先になる関連会社を育てることができます。

      「IR」はお金がなる木です。

       

      平和を謳って「軍事産業」や「原子力発電所」に巨額の税金をつぎ込む理由も

      同じことですよね。

       

      簡単なことです。

       

      それを推進する代議士先生を選挙で落とすなんてできません。

      そういう先生ほど地元では対抗馬がないほど偉くて強い存在なんですから。

      それに巻かれて自分にもおこぼれが欲しい、のが正直なところです。

       

      昔から変わらない構造です。

       

       

      それを解ったうえ、それを正すために汗を流す人がたまにいるから美しい。

      ほんとうに美しい。顔ではないです。こころです。

       

      「AC」っていうのがありました。

      広告協議会「 Ad Council」(アド・カウンシル)。公共広告によって、

      国民の公共意識を高めることを目的に活動している民間団体です。

       

      「AC Japan」の映像にこころ打たれる人が多いのも本当ですね。

      人を疑うのも、人を信じるのも、その人次第です。

       

      わたしはどちらでしょうか?

       

       

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      2018.07.06 Friday

      サムライなのか?

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        ロシアワールドカップでサッカー日本代表は本当によく戦ってくれた。

        決勝トーナメントの後半ではベルギーに苦手なハイボールを放り込まれて、

        背の高い選手にフィニシュを決められてしまったが。

         

        体格では日本人は欧州やアフリカ勢には劣るね。フィジカルの差がある。

        しかし、同じ背格好のメキシコなどが王者を苦しめる姿を見ていると

        サッカーは体格だけでないことが解る。

         

        ところで、我が日本代表はユニフォームの色から「サムライ ブルー」と呼ばれているよね。

        シンボルからーがなぜ”ブルー”なのか、その理由は諸説あるらしいが、

        藍色は清々しくて見ていて気持ちがいいので好きだ。

         

        でも、なぜ「サムライ」と付くのか?

        まぁ、試合で戦う選手を「侍」に見立てているのは、解るには解るが。

         

        日本人は自分たちを勝手に「サムライ」の子孫だと思いたいきらいがある。

        「侍」はかっこいいのでそう名乗りたいのだ。でも実は多くの民は「百姓」なんだよね。

        実際は「ヒャクショウ」が戦っているのだ。

         

        「ヒャクショウ・ブルー」

        こう書くとやっぱ少し違うか・・・

         

         

        映画監督黒澤明が「七人の侍」で描いたのは”したたかで生命力の強い百姓”だったと思う。

        最後のシーンで勘兵衛に「勝ったのはあの百姓たちだ、わしたちではない」と言わしめた。

         

        日本らしい「ヒャクショウ」のサッカーを作ろうではないか。

        「百姓」が強いことを証明してやろう。

         

         

         

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        2018.06.29 Friday

        水は高きところから低きところへ、最後は海へ。

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          先の”G7"で「海洋プラスチック憲章」が提議され英やEU諸国は署名したが、

          日本と米国は署名しなかった。

           

          国連によると毎年800万トンのプラスチックゴミが海で流出しているという。

          日本も数万トンは出しているとか。

           

          3億トン以上がすでに海に蓄積していて、そのプラスチックが波に洗われ

          マイクロプラスチックになると海の生物がそれを体内に取り込み

          消化できず死に至っている。

           

          SNSで拡散された映像では、マイクロプラスチックのみならず

          様々に人間が捨てたゴミを鯨や亀が食べて死んだ姿が映し出されていた。

           

          「海洋プラスチック憲章」は2030年までにすべてのプラスチックを再利用か

          回収可能なものにする ことが謳われていた。

          日本と米国はそれを自国の産業界に気をつかって蹴ったのだ。

           

          「食物連鎖」という言葉を使いたくはないが、いずれ(すでに)マイクロプラスチックは

          人間の口に入って来るよ。それが遠因で病気になるに違いない。だってプラスチックは

          石油製品だよ。それが体内でいい働きをする訳がない。

           

           

          ゴミに海への流出は中国はじめ東南アジアが多いという。

          経済成長している国から垂れ流しが起る。(日本でも水俣病の原因のチッソの水銀とかもそうだよね)

           

          若い頃、中米をローカルバスで旅した。

          山間部のバスターミナル(といっても舗装していない道にバスが数台留っているだけだが)では

          人がごった返していて、地元のおばちゃんがバスの窓から乗客へ食べ物を売っていた。

           

          その多くはビニール袋に入れられていた。乗客はビニール袋から調理された食べ物をほおばると

          窓からそのビニール袋を捨てる。躊躇なく捨てる。

          バスターミナルでは無数のビニール袋が風に舞うが、人々は気にした様子がない。

           

          ドキュメンタリー番組で観たアフリカでの風景でも、それと同じようなことが起っていた。

          人々はバナナの皮を捨てるのと同じ感覚で、ビニール袋を捨てるという。

          以前はモノをバナナの皮で包んで渡しでいたが、西洋文明が入って来て

          バナナの皮がビニール袋になった。

           

          バナナの皮は朽ちて土に返るが、ビニール袋は土には返らない。

           

          米国のスラム街を清掃するグループの一員が語っていた。

          「街を美しくするには”教育”が必要なんだ」と。

          子供を学校にやって、教え育むことの大切さを説く。

           

          ゴミを川に流す人々がいる。

          発展途上の国の人々が(いやいやこの日本でも)川にゴミを流す。

          汚いモノを「水に流す」ということなのか・・・

           

          ダメだよ。すべての川は海に繋がっている。

          海は無尽蔵の広がりがあるわけではないのだ。

          「捨てた」ものは海の底に貯まる。または波に洗われてマイクロプラスチックになる。

           

           

          生命は"海”から生まれた。

          母なる海を汚したちゃならない。

          ゴミだけでなく。油でも。化学物質でも。放射性物質でも・・・・

           

          天に向かってつばきを吐くような行為は、すぐにでも止めようよ。

          我が国も「海洋プラスチック憲章」に署名して欲しい。

           

           

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          2018.05.25 Friday

          五平餅とへぎ板

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            NHKの連続テレビ小説「半分、青い。」の中で取り上げられて大評判になっている”五平餅”。

            岐阜や信州で食べられる”携帯食(テイクアウト)”です。

             

            恵那にも「五平餅屋さん」が何軒もあって地元の人は「どこどこのが旨い」とご贔屓があったりします。

            それがテレビの影響でどこのお店も大忙し。

             

            私も”五平餅”が大好きで、恵那駅前の「あまから本店」の”五平餅”がお勧めです。

            ここのは一般的な「わらじ型」ではなく「団子型」です。やや平べったい団子が串に3個ついていて

            タレの胡桃(くるみ)の風味が特徴です。

             

            「わらじ型」は上手に食べないと最後にポタリと残りが落ちたりすることがあるので注意。

            その点「団子型」は食べやすく2本食べると量も丁度よくて、昼食にもってこいです。

             

            友人のお宅で”五平餅パーティー”に招かれることもあります。

            ここのお宅は何代も続く古い家柄で、客人をもてなす”五平餅セット”が用意されています。

            といっても簡単なもので横長の七輪と板で作った五平餅を置く台が有る程度ですが。

             

            大きな窯でご飯を炊いて、少しつぶして固まりやすくします。それを串状の”へぎ板”にひっつけるのです。

            ここでナゼ”へぎ板”を使うのか説明すると、アイスキャンディーのようなのっぺりとした串では、

            ご飯がすべって落ちやすくなるから、”へぎ板”を使うのです。

             

            ”へぎ板”が解らないですね。”へぐ”とは、板を繊維に沿って割ることを言います。

            昔、ノコギリが普及する前、立ち木は斧で倒し、それをクサビで割って材にしました。

            つまり木目が通って木目の沿って割れやすい材木が建築材になったのです。

            この地方では針葉樹の杉や檜、広葉樹では栗がそれに適していました。

             

            建築には、柱材だけでなく板材も必要ですね。

            丸太の輪切りを鉈(なた)のような刃物で”へいで”行きました。それが屋根材になったのです。

            繊維が途切れていないので水が繊維に浸みこまず流れてくれるので、屋根材に使用可能な訳です。

            栗材は水にも強いので、木曽地方では戦後すぐまで栗のへぎ板葺き屋根が見られたそうです。

             

            さて、”へぎ板”は材を切ったのではなく”裂いた”板なので、断面が毛羽立っています。

            それでお米がくっつきやすく、落ち難いのです。これが”五平餅”に使われる理由です。

             

            ですが、一般的に売られている”五平餅”は木工機械で加工された薄板の串が使われているので

            ときどきポタリと落ちる事故が起るのです。

             

            昔は樵(きこり)が山に入るときに、でっかい”五平餅”を弁当として持参して

            山の中で火を熾(お)こして串をその周りに立てて焼き、温かい食事としたそうです。

             

            こんな食べ方が一番うまいだろうなぁ。

            少しこげた味噌タレの匂いがたまらん!

             

             

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            2018.05.10 Thursday

            火垂る(ほたる)の墓の時代

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              高畑 勲監督が亡くなって残念でしかたがないですが、

              追悼番組で代表作として『火垂るの墓』を放映したことにエールを送りたいです。

              (もっと無難な作品を選ぶことが多いと思ったから)

               

              そこまではいいとしても、なぜかこの映画の原作者が野坂昭如であることを

              喧伝しなかったのか解らないです。原作がいいので映画もよかったと言えるのですが。

              昭和の作家・野坂昭如は過去に追いやられてしまったのか。

               

              私は若い時に野坂氏のコメントに非常に影響を受けました。

              「自分は臆病ものだから、言いたいことが言えるうちに政府に物申す」

              こんなような主旨でした。

               

              いつか世の中に「言論統制」が掛かって政府や首相・軍に批判的なことを言ったり、

              書いたりしたことで、警察にしょぴかれる日が来るかも知れません。

              私はビビリで怖いものだから、そうならない現在に発言するようにしています。

               

              もっとも野坂氏も高畑氏も最後まで権力を恐れたりしないでしょう。

               

               

              このところずっとNHKのニュースは政府寄りだと思います。

              NHK内部では、報道部と社会部ではその考え方がずい分違うと聞きます。

              (ニュースは報道部、社会部は健闘している)

               

              テレ朝だって「口を封じられた」報道が多いと感じます。

              (報道ステーションのコメントはつっこみが甘い。もっと社会派のキャスターが必要だ)

               

              朝日新聞が頑張っているといいますが、東京新聞の望月記者のような人物が思い当たらないですね。

              読売新聞はいつまでナベツネの顔色を伺っているのでしょう。ここも大本営発表みたいです。

               

              フクシマの被爆の現実はどうなっているのでしょう。

              喉頭ガンの発生率はどうなんだろう?科学者・医者は真実を語って欲しいです。

               

              その他もろもろあり過ぎて 憂える日々です。

              (官邸はウソをウソで固めシラを切るつもりなんだ。そして国会を解散してチャラにしようとしている)

               

               

              関連ブログ・http://blog2.9notes.org/?eid=263

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              2018.04.21 Saturday

              『恩』

              0

                 

                この言葉とはもっとも遠い人間だと思っていました。

                『恩』を「恩着せがましく」感じて生きるなんて、「まっぴらごめんさ」と。

                 

                ところが歳を重ねると、自分が受けた『恩』ではなく

                親や先祖が受けた『恩』の影響下に、自分もあるのだと思えて来たのです。

                 

                そう感じると、自分が受けた『恩』も非常に有り難いものになって来ます。

                 

                あの人が私に目を掛けてくれたから今の自分がある。

                あのとき、私を大人扱いしてくれたから今の自分がある。

                あの人を紹介してくれたから、今の私がある。

                結果、あの出会いが私の一生を左右した。

                 

                『恩』とは『無償の愛』と同じではないけれど『なさけ』以上のものを感じます。

                 

                『恩』はあえて返す必要もないものでしょう。

                ただそれに素直に感謝して、いつの間にかそれを超えて

                『善行』溢れる人におのれが成長できれば

                「恩に報いた」ことになるだろう、と思うのです。

                 

                 

                 

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                2018.03.30 Friday

                王宮

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                  メーカーで勤務していた頃、新製品を提案して社長に呼ばれたことがある。

                   

                  現場は仕事が詰まっていて1分も無駄にできない状況が続いていたが、

                  抜け出て会議室に入った。

                  現場の喧騒はそこにはなく、陽光が降り注ぐ円卓で新製品のプランを披露した。

                  突っ込みも何もなく、緩やかで談笑する時間が過ぎた。

                   

                  プレゼンが終わったのでホールから自動ドアを通り現場に戻る。

                  再び、そこには現実があった。慌しく機械が唸り声をあげ、係長が廊下を疾走していた。

                   

                   

                  過去に世界には『四大文明』とも呼ばれる超大国が存在した。

                  多くは王家がそれを治め、そこに富と権力が集中していた。

                  一般大衆の多くは農民であり『民』と呼ばれ、『王』が『国土』と『民』を独占し所有した。

                   

                  『王』の下に『神官』『官僚』や『武人』が使え、『王』の親族が『貴族』となった。

                  彼等が『王宮』を形成し、そこで”政治”や”神事”を執り行った。

                  『王』と『民』とは、かけ離れた存在で『民の命』も軽く扱われたであろう。

                   

                  富と権力が集中すると人は神にでもなれる。

                   

                   

                  時は現代。

                  政治家は自分の都合のいいように”憲法”でも”法律”でも書き換えて、権力の維持を図る。

                  北朝鮮でもロシアでも中国でも中東でもアフリカ大陸でも南北アメリカ大陸でも

                  そして日本でも。

                   

                  共産主義でも民主主義でも権力者は同じことを考える。”思想”なんて関係ない。

                  人権とか主権在民とか、中世よりは進歩したことはあるとは思う。

                  しかし、男性原理は依然根強いし、主権が民にあることを権力者は教えようとしない。

                   

                  資本家も同じことを考える。富と権力を掌握するためにはだれでも蹴落とす。

                  権力闘争は政界と大企業だけにある訳でなく中小企業にもある。

                   

                   

                  政治家も資本家も軍人も『王宮』に暮らせば、その外の世界で火事が起きていても

                  火の粉が『王宮』に舞い降りてこない限り、平穏無事な日常を1ミリもずらさないだろう。

                  ゆっくり風呂に浸かり、テーブルの上の盛りだくさんの料理を食し酒を浴びる。

                   

                  外の世界で デモが繰り返されても テロを起きても ストが起きようとも

                  餓死者が出ても 戦争が起っても『王宮』に入れば安全だと考えている。

                  いよいよそこが危険になれば、トンネルでもヘリコプターでもタイムマシンでも使って

                  逃げ切るつもりでいる。

                   

                   

                  「 高き屋に登りて見れば煙立つ民のかまどはにぎはひにけり」・新古今集

                   

                  『帝王学』ってあるのだと思う。

                  『王宮』の中枢にある者は、それを学ぶはずだ。

                  『民』が生きてこそ『王が王』である絶対条件である。

                   

                   

                   

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                  2018.03.10 Saturday

                  太陽光パネル

                  0

                    以前は気持ちよくドライブできた山間地の農道沿いに『太陽光パネル』が一面に張られた。

                    おぞましい姿だ。

                     

                    森を切り開き”裸”になった山肌に『太陽光パネル』を並べ建てている。

                    (森だけでない。田んぼだったところ畑だったところに『太陽光パネル』を並べている)

                     

                    山には複数の持ち主がいて、その持ち主が何をやっても自由だという。

                    材木を切り出すために山を皆伐(かいばつ)しても、だれも文句が言えない。

                    多くはその後、植林するのだが『太陽光パネル』を設置するなら植林することはない。

                     

                    住居に隣接する森を皆伐し『太陽光パネル』を設置されても文句も言えない。

                    (住居の周りには寒々とする空間が広がっている)

                    しかし、これでいいのか?

                     

                    太陽光発電そのものは、「補助金」「売電」「転売」が目的化しており

                    「原子力発電」の代替構想からそれが広がっている訳ではない。

                     

                    原発事故から「自然エネルギーへの転換」意識が芽生えたことはいいのだが、

                    自然を破壊して「自然エネルギーへの転換」はないだろう。

                     

                    おまけに『太陽光パネル』の寿命は短く、いづれ大量の産業廃棄物が出る。

                    ゴミになるのだ。(カドニウムが含まれているとも言われている)

                     

                     

                    地球は奇跡の星だ。

                    太陽との距離が絶妙なので暑過ぎず寒すぎず、そのため多くの水(海)を貯えることができ、

                    プラズマや宇宙線からもちょうどよく守れらている。

                    であるから生命が誕生したのだろう。

                     

                    この”絶妙”は人智を超えている。

                     

                    荒野を人は不毛の地と見る。本当にそうか。

                    そこには多種の植物が生い茂り空気を浄化し、植物の下では様々な小動物が生まれ

                    おのおの生命活動をしている。

                    それは大地を豊かにする活動で、連動して他の生き物を生かしている。

                     

                    荒野には太陽の光りが必要だが、『太陽パネル』はそれを人間が横取りをすることになる。

                    そうなれば大地は冷えて多くの生命が衰退するだろう。

                     

                    風は大気の循環運動だ。人体で血液が循環しなくては生命活動がままならないように

                    地球には風が必要なのだ。それを『風力発電』のためと称して奪っていまっていいのか。

                     

                    『地熱』しかり『潮流』しかり・・・

                     

                    地球の生命活動に人間が手を加えることは許されない。

                     

                    だとしても、人間にはなんらかのエネルギーが必要であることは避けられない。

                    『火力発電』や『水力発電(ダム)』は限界が見え初めているし、

                    ましてや『原子力発電』では、マイナス要因が多すぎ、放射能は直接に生命を殺しかねない。

                     

                    どうしたらよかろうか・・・

                     

                     

                    人間がなんらかの”縁”でこの星に誕生したからには、この星に生きることが許されているのだ

                    と私は思う。そう考えるとこの星のエネルギーを使うことも許されていることになる。

                     

                    となれば、その使い方が問われているのではないか?

                    むさぼることなく感謝して使えば、この星のエネルギーは尽きることがないのでは?

                     

                    我々人間は、他の生命を戴いて生きている。

                    植物の生命を動物の生命を「お米・野菜・肉」として食べて、その生命を糧として

                    自らの生命を生かしている。

                     

                    この法則は全ての生命に通ずる。

                     

                    殺して食べるので「いただきます」と言う。

                    そして私もいつか他の生命に食べらるのが自然だろう。

                    循環するのだ。

                     

                     

                    過不足なくエネルギーを使うようにすれば、そのエネルギーは形を変え

                    地球生命圏で永遠に巡るのではないか?

                     

                    「過不足」なく生きるあり方が問われているのだと、思う。

                     

                     

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                    2018.02.01 Thursday

                    天体観測

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                      昨夜(2018・1・31)の『‪‎Super blue blood moon‬』を観ていました。

                      いわゆる『月食』ですね。

                       

                      『‪‎Super  moon‬』=地球に近い地点 で『‪‎ blood moon‬』=赤味を帯びる現象で

                      『‪‎blue moon‬』は大した意味なしの様です。(なんだ青くなるのかと思った)

                       

                      私にはそんな赤くには見えなかったのですが、こんな現象を観るのは初めてで

                      ほんと宇宙は偉大ですね。

                       

                      太陽から見て地球の反対には『影』ができるので、その影の部分に公転している

                      『月』が入ってく来るのでそうなるのでしょ?

                       

                      その一連の姿が、『陰陽の世界』のドラマのように感じました。

                       

                      寒さが厳しい夜でした。

                       

                       

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